稲村の火

07.20

「MEGA地震予測」から抜粋のコラム

稲村の火
 
「稲村の火」は、安政元年(1854)に起きた安政南海地震津波でおきた人命救助と地震後の津波対策を物語にした題目です。
戦前の国定教科書に10年間掲載されたことのある話です。  
場所は紀伊国広村(現在の和歌山県有田郡広川町)の濱口梧陵(はまぐち ごりょう)という人の話です。
1854年12月24日の夜に巨大地震が起きた時に梧陵は稲わらに火を付け避難場所の神社まで誘導しました。
農民の9割が助かったということです。
梧陵は壊れた橋などを復旧したばかりでなく、いずれまた津波が来るのに備えて当時では最大級の広村堤防(ひろむらていぼう)を約4年かけて建設しました。
堤防建設に必要だった4665両は全て私財を投じたと言います。
梧陵は「住民百世の安堵を図る」の言葉を残しました。
実際1946年に昭和南海地震津波がおきた時、この広村堤防は津波を防いだと言います。
毎年11月の広川町では「津波祭」を催し梧陵の遺徳(いとく)を偲んでいると言います。

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